シナリオプランニングとは?不確実な時代に必須の戦略策定アプローチ
変化の激しい時代における戦略立案の課題
現代のビジネス環境は、技術革新の加速、グローバル化の進展、予期せぬパンデミックや地政学的リスクの顕在化など、かつてないほどの不確実性に満ちています。このような状況下で、企業の中長期戦略を立案するマネージャーの皆様は、将来の見通しの困難さや、策定した計画がすぐに陳腐化してしまうリスクに直面されていることと存じます。
過去の成功体験に基づく延長線上の予測や、単一の未来像に立脚した計画では、激変する市場に対応しきれないケースが増えています。しかし、このような不確実性の高まりは、同時に新たな事業機会の創出や、組織のレジリエンス(回復力)を高める好機でもあります。
シナリオプランニングとは何か?
シナリオプランニングは、未来を単一の予測として捉えるのではなく、「起こりうる複数の未来」を体系的に描き、それぞれの未来に対する戦略を事前に検討するアプローチです。これは、未来を「予測不能なもの」と認識し、多様な可能性に対して準備を整えることで、不確実性への対応力を高めることを目的としています。
従来の計画策定が「単一の未来像を描き、そこに到達するための最適な道筋を定める」のに対し、シナリオプランニングは、図解イメージのように、「複数の異なる未来の可能性を想定し、それぞれに対して強靭な戦略を構築する」という点で大きく異なります。これにより、企業は予期せぬ変化にも柔軟に対応し、リスクを回避しつつ、新たな機会をいち早く捉えることが可能になります。
シナリオプランニングの主な目的
- 不確実性への対応力強化: 将来の変動要因を深く理解し、様々な未来の可能性に対して事前に戦略を検討することで、予期せぬ事態にも冷静かつ迅速に対応できる組織を構築します。
- 戦略的柔軟性の向上: 策定した戦略が特定の未来シナリオに依存しすぎることなく、複数の状況で有効に機能するような、より堅牢で柔軟な戦略を構築します。
- 組織内の共通認識の醸成: シナリオ構築のプロセスを通じて、未来に対する共通の認識と危機感を組織内で共有し、一体感のある意思決定と行動を促します。
- 新たな機会の発見: 潜在的なリスクだけでなく、これまで見過ごされていた市場の変化や技術の進化がもたらす新たな事業機会を発見し、先行者利益を獲得する可能性を高めます。
シナリオプランニングの基本的な考え方:不確実性要因の特定
シナリオプランニングの核心は、未来を左右する「不確実性要因(クリティカルな不確実性)」を特定し、それらの組み合わせによって多様な未来を描くことにあります。
例えば、ある自動車メーカーが中長期戦略を検討する際、主要な不確実性要因として「自動運転技術の法整備の進展度合い」と「消費者のEV(電気自動車)受容度」を特定したとします。この2つの不確実性要因をそれぞれ「高進展/低進展」「高受容/低受容」といった軸で捉えることで、図解イメージのように以下の4つの未来シナリオが想定できます。
- シナリオA: 自動運転技術の法整備が進み、EV受容度も高い未来
- シナリオB: 自動運転技術の法整備は進むが、EV受容度が低い未来
- シナリオC: 自動運転技術の法整備は進まないが、EV受容度が高い未来
- シナリオD: 自動運転技術の法整備もEV受容度も低い未来
これらのシナリオは、単なる予測ではなく、「もしこうなったら」という仮定に基づいた一貫性のある未来の物語です。それぞれのシナリオに対して、自社がどのような戦略を採るべきか、どのような準備が必要かを事前に議論することで、実際の未来がどのシナリオに近づいても、迅速に対応できる態勢を整えることができます。
実際の企業事例に見るシナリオプランニングの価値
シナリオプランニングは、特に変化の激しい業界や、長期的な視点での意思決定が求められる企業で活用されてきました。その代表的な事例の一つが、石油メジャーのシェル石油です。
シェルは1970年代のオイルショックに際し、以前から複数の未来シナリオを検討していたおかげで、他社に先駆けて危機を察知し、迅速な対応を取ることができました。具体的には、原油価格の高騰や供給不安といった悲観的なシナリオも事前に考慮していたため、危機発生時にいち早く在庫を確保し、事業ポートフォリオの見直しに着手することができました。この経験は、同社が不確実な時代を生き抜く上で、シナリオプランニングを不可欠な戦略ツールと位置づける契機となりました。
このように、シナリオプランニングは、未来を正確に「予測」するのではなく、未来の「不確実性」をマネジメントするための強力なツールとして機能します。
シナリオプランニングを始めるための第一歩
シナリオプランニングは、特別な専門知識がなければ始められないわけではありません。まずは、自社を取り巻く環境における主要な不確実性要因について、チーム内で議論を始めることが第一歩となります。
- 外部環境の洗い出し: 自社事業に影響を与えうる社会、技術、経済、環境、政治などの変化の兆候(シグナル)を収集します。
- 重要な変動要因の特定: 洗い出したシグナルの中から、自社の未来に大きな影響を与える可能性のある「変動要因(ドライバー)」を特定します。
- クリティカルな不確実性の選定: 特定した変動要因の中から、特に予測が困難で、かつ事業への影響が大きい「クリティカルな不確実性」を2つ程度選定します。
- シナリオ軸の設定: 選定したクリティカルな不確実性を軸に、その極端な状態(例:高/低、速い/遅い)を設定し、未来のシナリオ空間を構築します。
これらのステップを通じて、チーム内で未来に対する共通認識を醸成し、多様な可能性に備える思考力を養うことが、シナリオプランニング導入の鍵となります。
まとめ
シナリオプランニングは、単なる未来予測のツールではありません。それは、不確実な時代を生き抜くための「未来思考のOS」と呼ぶべきものです。複数の未来を描き、それぞれに備えることで、企業は予期せぬ変化にも動じることなく、むしろそれを機会として捉えるレジリエントな組織へと進化できます。
次回の記事では、シナリオプランニングの具体的なフレームワークや、ステップごとの詳細な進め方について、さらに掘り下げて解説いたします。