シナリオプランニングの5つのステップ:未来の不確実性に対応する実践プロセス
不確実な未来に備えるシナリオプランニングの具体的な進め方
現代のビジネス環境は、技術革新、地政学的変化、社会構造の変化など、予測困難な要素に満ちています。このような中で、中長期的な戦略を立案し、事業の持続的な成長を実現するためには、単一の未来予測に依存するのではなく、複数の未来像を想定し、それぞれに対応できる柔軟な戦略を構築することが不可欠です。
そこで注目されるのが「シナリオプランニング」です。しかし、「シナリオプランニングの重要性は理解しているものの、具体的にどのように進めれば良いのか分からない」という声も少なくありません。本記事では、シナリオプランニングを効果的に実践するための具体的な5つのステップを、実践的な視点と事例を交えて詳しく解説します。
シナリオプランニングの5つの基本ステップ
シナリオプランニングは、未来の不確実性を系統的に探求し、複数の説得力のある未来像(シナリオ)を構築するプロセスです。このプロセスは、以下の5つの主要なステップで構成されます。これらのステップを順に進めることで、企業は変化に対応できる強靭な戦略を策定することが可能になります。
1. 戦略的問いの設定(フォーカルクエスチョン)
シナリオプランニングの最初の、そして最も重要なステップは、検討すべき「戦略的問い(フォーカルクエスチョン)」を明確に設定することです。この問いは、分析の焦点となり、以降の全てのプロセスを方向づける羅針盤の役割を果たします。
- 目的: どのような未来の意思決定を支援したいのか、どのような課題に対する洞察を得たいのかを明確にします。漠然とした問いではなく、具体的で、貴社の戦略的な意思決定に直結する問いを設定することが重要です。
- 実践ポイント: 問いは、時間軸(例:5年後、10年後)や地理的範囲(例:特定の市場、グローバル全体)を特定すると、より具体的になります。例えば、ある消費財メーカーが「5年後の主要市場における当社の収益構造はどうあるべきか」という問いを設定したケースがあります。図のように、戦略的問いを明確にすることで、以降の分析方向が定まります。
- チームでの推進: 経営層や各事業部門のリーダーが一同に会し、組織全体の共通認識として、この問いを合意形成することが肝要です。
2. 主要ドライバーの特定
次に、設定した戦略的問いに影響を与える可能性のある「主要ドライバー」を特定します。ドライバーとは、未来を形成する様々な要因やトレンドのことです。
- 目的: 未来の不確実性を生み出す源泉を多角的に洗い出すことです。経済、社会、技術、政治、環境、法規制といったマクロ環境の要因から、業界固有のトレンド、顧客行動の変化、競合の動向まで、幅広い視点から検討します。
- 実践ポイント: PESTEL分析(政治、経済、社会、技術、環境、法律)やSWOT分析などのフレームワークを活用すると、体系的にドライバーを特定できます。例えば、ある自動車部品メーカーは、EV化の進展(技術)、バッテリー価格の変動(経済)、自動運転技術の法規制(法律)などを主要ドライバーとしてリストアップしました。図のように、PESTELの各要素を整理していくと、多岐にわたるドライバーが見えてきます。
- チームでの推進: 多様な部門からの視点を取り入れるため、チームでブレーンストーミングやワークショップを行い、広範な意見を収集することが極めて重要です。
3. 重要な不確実性の選定
洗い出した主要ドライバーの中から、特に戦略的問いに対する影響度が大きく、かつその将来の進展が予測困難な「重要な不確実性」を選定します。
- 目的: 無数にあるドライバーの中から、シナリオを形成する上で最も重要な要素に焦点を絞ることです。
- 実践ポイント: 各ドライバーを「影響度(どれだけ戦略に影響を与えるか)」と「不確実性(どれだけ予測が難しいか)」の2軸で評価するマトリクスを使用します。縦軸に「不確実性」、横軸に「影響度」を取ったマトリクス(図参照)を用いると、どのドライバーが戦略策定において特に重要かが明確になります。通常、このマトリクスの右上(高影響度・高不確実性)に位置する2つ、多くとも3つのドライバーを、シナリオ構築の軸として選定します。例えば、あるテクノロジー企業は、将来の「AI技術の進化速度」と「消費者のプライバシー意識の高まり」を重要な不確実性として特定しました。
- チームでの推進: 選定プロセスは、客観的なデータと参加者の経験や直感を組み合わせた議論を通じて行われます。全員が納得できる選定基準と、その理由を明確にすることが重要です。
4. シナリオの構築
選定した重要な不確実性の軸に基づき、複数の未来シナリオを構築します。各シナリオは、それぞれが首尾一貫した、説得力のある未来の物語として描かれる必要があります。
- 目的: 現実的であり得る多様な未来像を具体的に描き出し、思考の幅を広げることです。
- 実践ポイント: 2つの不確実性を軸とする場合、それぞれの不確実性が取り得る極端な状態(例:高まる vs 低まる、急速な進展 vs 停滞)を組み合わせることで、4つの異なるシナリオ(図のように4象限のシナリオマトリクス)が生まれます。各シナリオには、象徴的なタイトルを付け、そのシナリオの世界観、主要なトレンド、主要なプレイヤーの行動などを具体的に記述します。例えば、ある自動車メーカーは、「CASE技術の急速な進化と規制緩和が進む『テクノロジー主導型社会』」と「環境意識の高まりと都市化が進む『持続可能なモビリティ社会』」という対照的なシナリオを描きました。
- チームでの推進: 物語を作成するプロセスは創造的であり、チームメンバーの多様な視点がシナリオの深みとリアリティを高めます。シナリオ同士の整合性だけでなく、各シナリオが「あり得る未来」として納得感があるか、チームで議論を重ねることが重要です。
5. 戦略オプションの策定と評価
最後に、構築した各シナリオの下で、企業が取るべき戦略オプションを検討し、評価します。
- 目的: どのような未来が訪れても対応できる、堅牢(ロバスト)な戦略や、柔軟に対応できる戦略を構築することです。
- 実践ポイント: 各シナリオにおいて、貴社の事業機会と脅威を分析し、それぞれに対応する戦略的選択肢を具体的に策定します。全てのシナリオで有効な「ロバストな戦略」や、特定のシナリオで優位に立てる「適応性の高い戦略」を組み合わせるアプローチが有効です。また、各シナリオの進展を示す「早期警戒指標」を設定し、環境変化を継続的にモニタリングする体制を構築することも重要です。ある金融機関では、各シナリオに対して「どの投資ポートフォリオが最適か」「どのような新サービスを開発すべきか」といった具体的な戦略オプションを検討し、早期警戒指標を設けて環境変化を常時モニタリングしています。
- チームでの推進: この段階では、各シナリオに対する戦略的な対応策をチーム全体で深く議論し、潜在的なリスクと機会を評価することが不可欠です。戦略の選択は、企業のミッション、ビジョン、価値観と整合しているかどうかも重要な判断基準となります。
まとめ:シナリオプランニングで未来への対応力を高める
シナリオプランニングは、不確実性の高い時代において、単一の予測に固執せず、複数の未来を想定することで、より柔軟で強靭な戦略を構築するための強力なフレームワークです。
ここでご紹介した5つのステップは、シナリオプランニングを体系的に進めるための基本的なガイドラインです。このプロセスをチームで実践し、継続的に見直すことで、貴社は未来のどんな変化にも対応できるレジリエンスを獲得し、持続的な成長を実現するための基盤を築くことができるでしょう。ぜひ、貴社の中長期戦略立案にシナリオプランニングを取り入れてみてください。